足枷になったレコード会社

上の動画は今月初めに公開されたOK Goの新曲"This Too Shall Pass"プロモーションビデオだ。OK Goの曲に合わせてルーブ・ゴールドバーグ・マシン――いわゆる「ピタゴラスイッチ的なもの」が大アクションを繰り広げる。後半の盛り上がりが非常に印象的な作品だ。この動画は公開されてから猛烈な勢いで再生されていて,13日の時点で750万再生に達している。

この動画はそれ自体が非常に面白い作品だけれど,実はその裏には複雑な事情が潜んでいる。

簡単なまとめ

OK Goが契約しているレコード会社(EMI)はPV動画の外部埋め込みを許可しない方針をとっている。しかし,外部埋め込みが無ければバイラル的な広がりは起こりえないということを知っているOK Goのメンバー達は,この制約を迂回するために,State Farmという保険会社と交渉し,この会社の広告という形でPVを制作することにした。制作費と埋め込みを可能にするための楽曲使用料はState Farmが支払っている。

埋め込みを可能にしたおかげもあって,このビデオは公開されてから暫くの間,1日あたり100万再生に近い勢いを保つことができた。ちなみに,1月に公開された公式PV(こちらは埋め込み不可)は現時点の総計で約120万再生に留まっている。

いまだにEMIは外部埋め込みを許可しない姿勢を保っている。もはやOK Goにとってレコード会社との契約は足枷でしかない。今月10日にOK GoはEMIおよびキャピトル・レコードとの契約を打ち切り,独立系の新レーベルParacadute Recordingsを立ち上げることを発表した

詳しいまとめ

OK Goは映像での遊び心も持ち合わせたバンドだ。自分たちの曲に合わせた映像作品を,自分たちの力で制作し,動画サイトにアップしていた。例えば最初に大きな話題を得た動画"Here It Goes Again"などは,彼らの妹だか姉だかの家にルームランナーを持ち込んで撮影した,手作り感溢れる作品だ。

厳密なことを言えば,彼らがこういった作品を公開するには,レコード会社に楽曲の使用許可を得る必要がある。ただ彼らは敢えてそれを行わなかった。これはレコードの宣伝活動と解釈することもできる。アーティスト自身がそれを作りたいから作って,それを皆に見てもらうためにYouTubeを使ったというだけのことだ。結果として彼らはネットの世界での人気者になることができた。多数のTV番組に呼ばれて,遂にはこの動画でグラミー賞まで受賞してしまった。ここまでは,いいことずくめのストーリーだ。

しかし,この先から話がこじれてくる。レコードの売り上げ不振に苦しんでいるレコード会社は,新たな収益源として動画サイトに目をつけた。レコード会社はYouTubeに,動画再生毎に著作物の使用料を支払うよう要求した。YouTubeはこの要求に応じた。ただし,使用料の支払いが発生するのはYouTubeのサイト上で再生された場合のみとし,埋め込みの動画に関しては除外するものとした。

結果としてEMIは,全ての動画の埋め込みを不許可にする方針を採った。

これは,動画サイトを宣伝の媒体として使うには最悪の方針だ。「動画の埋め込み」というフィーチャーは,バイラル効果を生み出すには必要不可欠なものであって,埋め込みを不可にするということは,ネット上での宣伝効果をほぼ無くしてしまうことに等しい。現にOK Goのビデオは埋め込みが禁止された途端に再生回数が90%近く落ち込んだという。

ここまでの経緯はOK GoのボーカルDamian Kulashによるニューヨーク・タイムズへの寄稿記事"WhoseTube?"に詳しく記されている。

普通のアーティストなら,ここで諦めてしまうか,不満を述べるだけで終わってしまうかもしれない。しかし彼らは違った。EMIが埋め込みを許可しないならば,それを迂回する策を講じればいい。その結論として導き出されたのが「企業スポンサー付きのPVを作る」というものだった。

この動画は,客観的に見ればOK Goの楽曲のプロモーション・ビデオだけれど,お金の流れに目をやると少し違う構図が見えてくる。State Farmという保険会社が,自社広告の制作をOK Goに依頼したことになっている。つまり実態は企業のCM映像であるということだ。

しかし相談を受けたState Farmも事情を知っているから,コテコテのCMを作ってくれとは言わない。要望されたことは,映像の中にStateFarmのロゴを何個か含ませること(ミニカーやテディーベアに見つけることができる),最後にメッセージを表示することぐらいだった。この辺りの事情についてはIPG Emerging Media LabのブログBusinessWeekの記事に簡単にまとめられている。恐らくState Farmは,このOK Goの一件を通して,同社がネットや若者の文化を理解していること,また彼らのようなアーティストを支援するぐらいの「クールさ」があることをアピールしようと考えたのではないかと思う。

このPVの制作費や,埋め込みを許可するために要求された楽曲使用料などは,基本的にState Farmが負担している。ずいぶん気前のいい話ではあるけれど,その投資に見合うものは得られただろうと思う。既にこの動画は驚くほど多くの人に観られているし,今回の顛末がニュースなどで取り上げられることによってポジティブな印象が生まれることも期待できる。それは単に金を払っただけではなかなか得られないものだ。

OK GoのDamian Kulashは,ニューヨーク・タイムズの記事において次にように記している。

"My band didn’t sign a contract with EMI because we believed labels magically created stars. We signed because no banker in his right mind would give a band the startup capital it needs."

「僕のバンドは,レーベルが魔法のようにスターを生み出すと信じて,EMIと契約したわけじゃない。バンドが必要としている立ち上げ資金を融通してくれる正気の銀行員なんていないから,契約したんだ。」

魔法は彼ら自身が持っていた。資金も他の企業が出してくれた。もう彼らにEMIとの契約を続ける理由は無い。彼らは契約を打ち切り,独自のレーベルParacadute Recordingsを立ち上げるに至った。

この顛末から感じることがいくつかある。

ひとつは,レコード会社が巨額の予算を使って豪華なPVを制作するのが唯一の解答であるという時代は終わり,バイラル効果のあるPVを制作することが「もうひとつの解答」として重要な意味を持ち始めているということ。また,そういったPVをアーティスト自身が制作するための手段として,企業スポンサー付きのPVという選択肢がありうることも示された。これは,大きな宣伝効果を生み出すのに必ずしもレコード会社の存在が必要ではないということを意味している。

もうひとつは,メジャーなレコード会社は大企業病的な行動様式に陥っていて,それを打開しようと思うならば,アーティストが自ら動かなくてはならないということ。

今回の一件では,EMIは既存の知財から得られる収益を守らなくてはならないという考えから,埋め込みを不許可にするという結論を導き出した。これはよくあるイノベーションのジレンマ状態であって,現状に対する局所最適化を行っているに過ぎない。

その「現状」はどれほど大切なものなのだろう。現状のレコード産業が斜陽なのは皆が知っているし,保持している知財であるところの著作権もいずれは期限切れになる(「我々の著作権は切れずに延びる!」という声もどこからか聞こえてきそうだけれど……)。長期的な戦略を考えるならば,現状持つものとは異なる可能性を得ていかなければいけない。バイラル的な宣伝手法も取り込み,それに秀でた才能を持つアーティストも発掘して育てていくべきだ。

そんなことはEMI自身もよく理解している。理解していないはずがない。

しかしこれほどに確固たる地位を築き上げた企業というのは「利益を保護するための強力なメカニズム」――言い換えれば「不利益を排除するするための強力な免疫機構」を備えていて,短・中期的に不利益を出しうる行動をとることができなくなってしまっている。頭ではいくら考えることができても,それを受け付ける身体ではなくなってしまっているのだ。

メジャーなレコード会社は今後を見据えた大胆な行動というのをとることができない運命にある。それは仕方の無いことなのだ。それを打破する役目は,今やアーティスト自身に委ねられている。OK Goが実践したように,アーティスト自身が現状に疑問を抱き,たとえ慣習に逆らうことであっても解決策を打ち出し,それを実現したうえで,結果を出さなくてはならない。今はそういう時代だ。