言葉と知覚

言語が人の考え方や知覚を形作っている――そんなことを考えたことはないかな? 例えば,「日本語で思考できること」と「英語で思考できること」の間には,根本的な違いがあるんじゃないか……とかね。

言語と思考の関係性については,「サピア=ウォーフの仮説」なんていう名前で研究されていたりする。ただ,これについてはひとまず置いておこう……なんだかむつかしい話だからね。

言語と知覚の関係性については,分かりやすくて面白い研究がある。

英語で青色は "blue" だよね。明るい青も,暗い青も,基本的に "blue" と呼ぶ。これがロシア語では,明るい青を "Голубой", 暗い青を "синий" と呼び分ける。

ここで研究者たちは,ひとつの仮説を立てる。もし言語と知覚が関係性を持つなら,青色の知覚能力を測定したときに,青に対してひとつの呼び名しか持たない英語と,青に対してふたつの呼び名を持つロシア語とでは,異なる結果が現れるんじゃないだろうか……と。

そこで,こんな実験が用意された。

被験者は上図のような3つの四角形を見せられ,下のふたつの四角形の中から上の四角形と同じ色のものを選ぶように言われる。使われる色の組み合わせは,ロシア語で同じ種類に該当する青が使われる場合と,違う種類に該当する青が使われる場合と,両方のパターンが現れるようになっている。

さらに,言語の影響を確かめるために特殊な条件も用意された。被験者を3つのグループに分けて,最初のグループは単純にこの作業をこなしてもらう。ふたつ目のグループは「図形を記憶する」という別の作業を同時に行ってもらう。そして3つ目のグループは「数字の羅列を暗唱する」という作業を同時に行ってもらう。

結果はこんな感じだった。

左のグラフがロシア語の場合で,右のが英語の場合。灰色の棒が「違う種類の青が使われた場合」の応答時間で,白い棒が「同じ種類の青が使われた場合」の応答時間。 "none" は単純に作業をしたグループ, "spatial" は図形の作業をしたグループ,そして "verbal" は数字の暗唱をしたグループ。

この結果の要点はいくつかある。

  • ロシア語を話す人は,同じ種類の青の場合よりも,違う種類の青の場合の方が,応答が速かった。
  • その差は,言語的な作業(数字の暗唱)を同時に行わせた場合にのみ消滅した。
  • 英語を話す人には,これらの傾向が見られない。

この結果は言語と知覚の関係性を断定するものではないけれど,ある種の関係性が存在することを十分に示唆していると言える。

このことをどう捉えるべきかな? ひとつ言えるのは,「英語とロシア語の違い」というのは,実験のために持ち出されたトリックのひとつであって,あまり着目しない方がいい。ただ,「言葉が知覚を補強する可能性がある」ということは,覚えておいて損は無いと思う。

たとえば,ユーザーインターフェースの色や形を決めるときにも,単に RGB 値の差や形の違いに着目するだけでなく,それを言葉にして呼んだときに識別しやすいものにしておいた方が,知覚の助けになるかもしれない――そんなところじゃないかな。